現代の22種類の日本勲章

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現代の日本の勲章

職人技に支えられた日本の勲章は現在22種類あります。

デザインもさることながら、いくつもの工程を経てつくられる勲章は、最高級の工芸品として高い評価を得ています。

デザインと工程の細かい紹介、さらには勲章と褒章の違いまでをわかりやすく解説します。

 

日本の勲章の種類とデザイン

さて、早いもので「勲章」のコラムも最終回となりました。

レジオン・ドヌール勲章 。日本が初めに参考にした勲章」

勲章の起源に迫る2。薩摩と幕府の2者の対決。

今回は現在ある勲章の種類とその繊細な勲章のデザインにふれていきましょう。

日本の勲章は日本ならではの伝統的な技法でつくられています。おどろくほど正確で繊細な職人技術に支えられているのです。普段は知ることのできない勲章の製造工程を細部にわたってご紹介します。

 

勲章の最高位にあるのは「大勲位菊花章」

前回までのコラムでお話ししてきたように、基本的には国にどれほど尽くしたかにより与えられるのが勲章です。

その功労が大きければ大きいほどより上位の勲章がもらえるということになります。

勲章の最高位にあるのは大勲位菊花章。大勲位菊花章には大勲位菊花章頸飾大勲位菊花大綬章の2つの種類があります。

大勲位菊花章頸飾(wikipediaから)

大勲位菊花章頸飾は、文字通り首飾り形式になっています。

首飾りの形をとる勲章はこれのみです。繊細な中にも気品と高級感あふれるつくりは、勲章の最高位に君臨するだけの十分な存在感があります。

頸飾部分の飾りは“菊花”のにあらわされるよう、菊の花とその葉がデザインされています。

菊の花は、特に第二次世界大戦以前に日本を象徴する花として用いられることがあります。ルースベネディクトは『菊と刀』で、日本人の精神性を菊の花と重ね合わせて描いています。

菊が日本で栽培され始めたのは意外にも江戸時代になってからのこと。今のように大きくて立派な菊の花をつくり上げたのは江戸の庶民でした。

大勲位菊花章頸飾も大勲位菊花大綬章も勲章部分のデザインは同じです。

国旗の日の丸を真ん中に、そこから外側に向かって白い光線が配置。これは旭光といって勢いが盛んだという意味を持つ「旭日昇天」を示しています。

大勲位菊花大綬章にもやはり菊の花は外せません。

旭光の周囲にあしらわれているのは菊の花と菊の葉、リボン部分と勲章の間にあるのもまた菊の花です。

菊紋は武家や店舗の商標として使用されることも多く、デザインの種類も豊富。このうち勲章に使用される菊紋は八重桜をデザインした十六八重表菊で、天皇や皇族にのみ使うことが許される紋章なのです。

家紋をデザインするなら知るべき3つの家紋

 

大勲位菊花章の次の位といえば桐花大綬章です。

勲章の中央部分は菊花賞にならい旭光を配置。その周囲を囲うのは桐の花です。

リボンと勲章部分をつなぐところにあしらわれているのは桐の花の葉部分。これ以下の旭日章の勲章は桐の花と旭光の組み合わせが基本です。もちろん、それぞれの大きさや色などは異なりますが。

これ以外にも中央部分に鏡をデザインした瑞宝章や、女性だけに与えられる宝冠章などがあります。現在、勲章の種類は22種類。ここで全て紹介することは出来ませんが、興味がある方は以下でご覧ください。どれをとっても美しい色使いと高度なデザインに魅了されるばかり。

 

勲章と褒章の違いは?

功績のある人を表彰するものとして、勲章の他に褒章があります。

2つの違いは、勲章は一生涯を通じて国家に尽くした人物に与えられ、褒章は一時の業績に対して与えられること。

“一時の業績”なので、同じ褒章を何度も授与されることもあり得ます。

褒章の種類は全部で6つ。

紅綬褒章、緑綬褒章、黄綬褒章、紫綬褒章、藍綬褒章、紺綬褒章です。

紅綬褒章は人命救助に尽力した者

緑綬褒章は社会奉仕

黄綬褒章は民衆の模範となる者

紫綬褒章は学術・芸術分野で活躍する者

藍綬褒章は公共の事務に従事した者

紺綬褒章は私財を寄付した者へ与えられます。

 

とはいっても、これだけの基準ではかなりあいまいだという感が否めません。勲章や褒章といった類は“国が国民に与える”という性質上、与える側にかなり広い裁量が与えられているのでしょう。

近年では体操の内村選手に紫綬褒章が与えられたと話題になりましたね。年齢が若くても業績があれば選ばれる可能性があるというのは褒章ならではといったところ。

 

勲章の製造方法、10工程。独特の技法。

「独立行政法人造幣局」は、明治20年より日本の勲章づくりを一手に担い続けています。

関わる職人は現在、150人ほどだといいます。

製造工程は以下の10工程。

  1. デザインをもとに、原版をつくる。
  2. 原版を機械にかけ、鋼に彫った極印をつくる。
  3. 極印をプレス機で型抜きする。
  4. 数種類のヤスリをかけて、周辺を滑らかにする。
  5. 必要に応じて糸鋸で切り抜く作業を行う。
  6. 色付け作業に入る。七宝の盛り付け。
  7. 七宝の釉薬を塗って電気炉で焼き付ける作業を5回ほど繰り返す。
  8. 表面を磨く。
  9. 金メッキを施す。
  10. 組み立て作業を行い、できあがり。

 

いくつもの工程を経てつくられる日本の勲章は、海外からも高い評価を得ています。評価を支えているのは、やはり何と言っても日本の職人の腕の良さ。なかでも菊花賞頸飾の首飾り部分と文化勲章に施してある七宝は、熟練した職人しかなし得ない匠の技です。

製作期間は数か月といったケースもざらにあるようで、勲章の製作には並々ならぬ職人の腕と細心の注意を払って取り組む姿勢がうかがえます。

高い技術と精神性が生み出す勲章は、まさに日本独自の芸術品というほかありません。

 

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ずっしり。1オンスの金貨の重さを知ってるかい?

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1オンスの金貨の重さを知ってるかい?

 

先週は、東京も「春一番」が吹いてあったかくなりました。これでやっと寒さも終わりと安心していたら大雨で自転車でびしょびしょに。。

現在、キャンペーンで使用される純金コイン(金貨)を製造しております。

→ 記念メダル・オリジナルコイン・金貨の製作はこちら

トランプ現象と関係があるのか、2016年の漢字が「金」だったように金製品や銀製品のトレンドが続いているのかもしれません。

ところでコイン・オリジナルメダルの製造では、金貨のデザインや金型の彫刻の具合をチェックするためやキャンペーンの撮影用などに、本番のまえに真鍮・金メッキなどでサンプルをつくることが多いです。

純金のコインとサンプルのコイン、見た目はほとんど同じですが、手にとってみていつも思うことがあります。

金のコインはなんてズッシリと重たいんだ。。

ふつうに暮らしていて金の製品に触れることはあまりないですよね。このサイズでこんなにズッシリと重いものはなかなかありません。

金の比重は19.3あり、世界に存在する金属のなかでもとっても重たい部類にはいります。

それで真鍮と金のコインではどれだけ重さが違うのか?気になります。

たとえば直径25mmで厚みが2mmのコインは体積や約1cm弱です。

そのサイズの純金コインの重さ約18−19gです。一方、真鍮コインの重さは約8gです。

つまり同じ500円玉くらいの大きさのコインでも純金コイン(金貨)のほうが真鍮より2倍重くなります。10gくらい重くなります。

数字ではそのような違いですが、実際にもってみると「うーん、なるほど」。

 

→  金・銀・真鍮などの重さを計算するツール「地金くん」はこちら!

 

金コインやメダルにあうケースは?

コインの製造は順調に進んでおりますが、「ケース選び」にすこし時間がかかっています。

純金のメダル・コインはもちろん最高級の品物ですので、製品にあわせてケースも高級でなければいけません。

わたしたちはメダル社章を製造する場合、高級なケースはビロードにすることが多いです。

ケースの内側に金で会社のロゴやキャンペーン・表彰の名前を「箔押し」することができます。

製品のデザインや種類によっては「桐箱」や皮をはったレザーケースにすることも可能です。

ケースづくりは、これは職人技です。具体的なところを、明日もケース屋さんとおはなしです!

 

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前回の記事

トランプ大統領誕生。30万円の純金iPhoneも登場

オリンピックの金メダルは金100%ではない?

金の種類 – K24とK18の違い

「社章」は会社のブランド力を1.3倍あげる?

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「社章」は今も会社のブランド力をあげる

最近、「社章」の製作依頼のお問い合わせが増えてきました。

とくに中小企業スタートアップのIT企業からご連絡をいただきます。

前回でもふれましたが、社章は買い物機能やセキュリティ機能などがついた社員証と比べるとアナログなものです。金属製の小さなバッジです。(「社章」は死んだのか?日本独自の文化 )

もしかしたら「有名企業の社章だとつけてるだけでモテる!」という機能はあるかもしれません。

なぜ企業は、今、社章を求めるのでしょうか?

「社章」を製作するタイミングはおもに3つあります。

  1. 会社・ビジネスを立ち上げる。
  2. 会社が東証一部に上場する・次のステージにあがる。
  3. 社員が増えて追加で社章を製作する。

 

社章は「ブランド」を演出する。

社章には、会社のロゴや社風を社会に浸透させたいという外に向けてのアピールの側面があります。

また働いている社員が胸につけて誇りをもてる、モチベーションアップにつながるという内に向けての側面もあります。

つまり会社の顔となるロゴ・社名を彫り込んだ金属のバッジを胸につけて営業・ビジネスするということは、「身につけるブランディング」としてもっとも適した形かもしれません。

ブランドのはじめかた(中川淳)」から引用すると、右肩上がりの成長が当たり前ではなくなったこの時代に必要な経営感覚は「いかにして売り上げを上げるか」ではなく「いかにしてブランド力をあげるか」とあります。

いま大中小それぞれの企業がブランド力の向上・ブランディングに力を注いでいます。

そしてブランドの顔である「社章」を身につけて営業するというシンプルなビジネススタイルは、

王道」ですが再び価値が見直されているのかもしれません。

あまり知られていませんが、社章は日本独自の文化です。

社章をみにつけてビジネスするという文化は海外では一般的ではありませんでした。

社章の歴史はけっこう古いのでデザインも古いものが多いです。(東京都千代田区は徽章業発祥の地)

また古いデザインでいまものこっているものは、いわゆるクラシックと呼ばれるものであり、時代の波で色あせないと思います。

もうひとつ、社章は安っぽくしないことが重要です。

もちろん経済活動ですので、できるだけ社章にお金をかけたくない、という考えになりがちです。

しかしできるだけ「安く安く」でつくったバッジはどうしても安っぽくなります。

会社の顔となる、ブランド力を上げたいとつくった社章が、安っぽかったら目的と矛盾しますよね?

(安っぽい会社とみられるかもしれない)

新しい時代、ブランディングを求める企業、デザイン、製造で生まれる素敵な社章は「ブランディングバッジ」。

ブランディングバッジが会社をキラキラ輝かせることを楽しみにしてます。

 

オリジナルの社章・認定バッジの製作はこちら

今をとりいれて自由にデザイン。高級に仕上げる

 

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前回の記事

日本人なら知っておくべき3つの家紋とは?

社章は死んだのか?社章は日本独自の文化

 

東京オリンピックで金メダルはダウンロードできない-02

2020年も金メダルはダウンロードできない

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2020年も金メダルはダウンロードできない

先日、広告代理店のお客さんのところへいくつかサンプルのメダルをもっていき、細かいデザインやメッキ色・明暗について打ち合わせしていました。

打ち合わせのあと、サカモト彫刻の工房が神楽坂にあるという話の流れで、新宿区で盛んだった印刷業の話になりました。

新宿区には大手印刷会社の本社があり、むかしから関連や下請けの印刷屋さんが神楽坂・飯田橋を中心に新宿区にたくさんあります。サカモト彫刻もそのような印刷会社が集まっている地域に工房があります。

しかしご存知かもしれませんが紙の印刷業界は元気がありません。

デジタル・IT化によって、紙に印刷という需要は減少しました。

情報は新聞や雑誌やチラシからではなく、スマホの液晶をとおして手に入れる時代になりました。

ニュースはヤフーニュースを見て、会社案内やチラシ・ビラはホームページを見て、POPはネットショップへ、名刺も電子署名など簡単にダウンロード・シェアできます。

つまりスマホで完結してしまいます。

便利ですが地元の印刷屋さんには大打撃です。

 

モノをもたない現代人の喉の渇き

お客さんにも聞かれたのですが、紙・印刷とくらべてメダルや社章などの貴金属・宝飾品は大丈夫なのでしょうか?

もちろんIT 化や時代のトレンドの影響は少なからず受けています。お手軽で効率のよいデジタルコンテンツのマーケットが大きくなるのは当然です。

印刷は媒体が紙そのものからデジタル機器にうつっているので、それに比べれば深刻ではありません。

現代の人々は、スマホ1つもつだけでなんでもできるのであまり本物を見なくなりました。

クレオパトラが身につけていたような黄金の装飾品は美術館でのみ見ることができます。

その美術館にいくのも面倒で、ネットで情報を入手しようとするかもしれません。

だからこそ形のあるモノがめずらしくなって輝きを増しているきがします。

モノをあまりもたなくなった現代人は、喉がカラカラに乾いています。(スマホ疲れ・SNS疲れもあります)

 

2020年は東京でオリンピックが開催されます。

1998年の長野オリンピックから22年ぶりの日本での開催で、東京での開催は56年ぶりです。

世界各国のトップアスリートは3年後、東京に集まってメダルをかけて戦います。

金メダルの授与式で、金属のメダルではなく、QRコードが印刷されたシールが渡されて、

 

金メダルおめでとう!

このシールに記載されているコードをスマホからアクセスして
最高の金メダルをダウンロードしてください!

東京オリンピックで金メダルはダウンロードできない-02

 

となったらどうしましょう。

選手もがっくしきてしまいます。

地球上、最高の結果をだして勝利したものに与えられるメダルは大きくてずっしりと重い、永遠に輝く金メダルです。

【体操男子】内村「めちゃめちゃ重い金メダル」

 


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日本の勲章の起源に迫る。秘密は七宝にあり?

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勲章の起源に迫る。薩摩藩VS幕府?

古代・現代を問わず、勲章なしでやっていけた共和国があるというなら教えてもらいたい。諸君はこれを玩具だと言うかもしれないが、さて人間を動かすのはそうした玩具なのだ

市民の平等という原則への攻撃と見た者もいたが、第一統領ナポレオン・ボナパルトは国務院でこの制度をこう正当化していた

 

勲章コラムの2回目にあたる今回は、日本の勲章の歴史を中心にみていきましょう。

(前回の記事「レジオン・ドヌール勲章 〜日本勲章の手本とされた制度〜」)

 

日本で初めて勲章が与えられたのは明治8年12月30日と31日とされています。

ただしそれが「勲章」と呼ばれるようになったのは翌年、明治9年のことです。

その後、勲位菊花大褒章や大勲位菊花章、明治20年以降には宝冠章、瑞宝章などが新たに定められたのです。

それまでなかった女性のための勲章ができたのも明治20年以降のことでした。

現在の勲章は全部で22種類。

それらは、菊花章、桐花章、旭日章、瑞宝章、宝冠章、文化勲章に分けられます。

 

大勲位菊花章頸飾 勲章 記念 メダル コイン
大勲位菊花章頸飾 (wikipediaより)

 

日本の勲章の始まり

時は幕末。

討幕運動が高まりを見せ、大政奉還が目前に迫ったまさにそのころ、パリで開かれたのはパリ万国博覧会でした。

はじめて参加した日本からは、徳川慶喜の弟、松平昭武が列席しています。

出展したのは江戸幕府、薩摩藩、長州藩。そこでは出展作品である「勲章」を巡り、当時の国内情勢さながらの政治的で熾烈な戦いが繰り広げられました。ひとつの映画にもなりそうな他国をも巻き込んだ頭脳戦の一部をここで紹介します。

 

パリ万博 日本は勲章作品を出展

 

まず、タイトルのごとく薩摩藩VS幕府という図式。

ここに強豪、長州藩の名前があがらないことに違和感を覚えます。後に明治維新を牽引することとなる彼らが出遅れた理由、それは国内政治に足を引っ張られていたためと考えられます。

当時は幕府による長州征伐に苦しめられていました。対応に追われる長州藩はパリ万博まで手が回らなかったのでしょう。

一方、薩摩藩が幕府に台頭できたのには、ベルギーに城を所有するフランス人のコルト・モンブラン伯爵の存在がありました。

モンブランは日本から利益を得ようと幕府に接触を試みるも幕府の財政難によりすげなく断られてしまいます。

以降、五代友厚ら薩摩藩の青年たちとパリ万博に向けての出展を模索しはじめます。

やはり良いものをつくるにはそれなりの資金が必要のようです。

薩摩藩は“モンブラン”という資金源を早いうちから確保していたのです。

薩摩藩台頭の理由にはもう一つあります。

それは、藩という小さい単位で計画を進めていたため情報の把握が早く、俊敏に行動できたということです。

比べて幕府は大きくなりすぎました。

そうでなくとも国内は尊王攘夷と倒幕運動で揺れていましたから勲章の製作に心血を注ぐ間もなかったはずです。

「少数精鋭」を地で行く薩摩藩は幕府をも成し遂げなかった日本の勲章の原型を見事に作り上げたといえます。

 

勲章の鍵は七宝にあり?

薩摩藩がつくった勲章は「薩摩琉球国勲章」と呼ばれます。

薩摩琉球国として独立国家としているところが、当時はまだ一つの藩に過ぎない故、国家に忠義を尽くさざるを得ない状況が見て取れます。同時に、それでも一つの国家と名乗りを上げたことに薩摩藩の気概を感じるのは私だけでしょうか。

事実は定かではありませんが、薩摩琉球国勲章はフランスで作られたものではないかともいわれています。

その根拠は、勲章の中央にある七宝部分です。

当時、日本で七宝を作れるのは幕府側の人間であった平田彦四郎ただ一人でした。

ここにもやはり構想段階から薩摩藩とつながりのあったモンブランの存在が見え隠れしています。

山動く時の前には決まっていくつかの小さな事象があるものです。薩摩藩と幕府の勲章を通した一連の出来事はまさに明治維新前のそれにあたるのではないでしょうか。

 

前回の記事へ → 「レジオン・ドヌール勲章 〜日本勲章の手本とされた制度〜

 


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前回の記事

日本を代表する3つの家紋とは?

世界の金の量はプール3杯分?