日本の金属彫刻の歴史は?

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古代に日本の金属彫刻は、大陸からの影響を受けて仏教などの宗教的な彫像等が作られていました。中世になると、和様という日本独特の価値観が生まれ、様々な工芸品が作られたそうです。

江戸時代には、幕藩体制のもと、大判小判などの貨幣をつくる彫刻師が登場しました。

 

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明治時代にはいると、政府は新しい貨幣制度を作る必要に迫られ、イギリスに発注しました。しかしせめて金属彫刻だけでも日本人でということで白羽の矢がたったのが加納夏雄でした。

 

→ 加納夏雄 明治の新貨幣の原画制作を担当した明治金工界の巨匠

話によると加納夏雄はヨーロッパの金貨彫刻の精巧さに大変驚いたそうです。

当時、日本で大阪造幣局の建築を任されていたウォートルが、加納の作品をみて、日本にこれほどの彫刻師がいるのならばイギリスに発注する必要がないだろう、と賞賛したと伝えられています。

やがて、イギリスから到着した極印はウォートルが言った通り技術が低く、加納の手で修正を加えることになったそうです。

 

 

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