東京で一番有名な観光地はどこ?

東京観光といえば浅草

こんにちは!

今週は東京にも初雪が降ってとても寒い日が続いていますね。私は自転車で通勤していますがタイヤをパナソニック製に替えてからぜんぜん転びません。でもあまりスピードださないように気をつけています。油断は禁物です。。

今週は東京観光の聖地といっても過言ではない、浅草に行ってきました。

外国人観光者がたくさん来ているのですが平日だからそうでもないかなと思っていましたが、いやぜんぜん、たくさん来ています!

浅草寺雷門
浅草寺雷門

 

浅草といえばこの浅草寺の雷門でしょう。ここに観光客があつまって写真をとったりしています。修学旅行の学生さんも多かったです。あと人力車もたくさん待機していました。

この雷門を抜けて本堂までの通りを仲見世通りといってお土産屋、和菓子屋、着物関係、仏具など様々な出店が並んでいます。

サカモト彫刻はキーホルダーや古銭、小判、刀などのアクセサリーを製造していますのでお土産屋さんの商品が気になりました。

いや、しかし安いですね!キーホルダーもだいたい300円くらいで、これくらいだと日本より物価の安い国からきた観光客もお土産に買いやすいのかなと思います。

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商業施設も充実

神楽坂から近そうで遠い浅草。浅草寺のことはもちろん知っているけどその他については以外と知らないことが多いです。

外国人の友人に教えてもらったのですが浅草には Five Guardiansがいるのだが見たか聞かれました。

なんのことか分からず調べてみたらどうも白波五人男(しらなみごにんおとこ)のことだそうです。みなさんは知っていましたか?

 

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話はかわって浅草は商業施設も充実しています。

EKIMISEは浅草駅にはいっている商業施設で、7Fには手裏剣や刀など忍者グッズで有名な忍屋さんがはいっています。

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また新しい商業施設「まるごとにっぽん」というのができたそうで、こちらも見てきました。SAKAMOTOで製作した手裏剣と古銭のアクセサリーが掲載されているNIPPON QUESTの決戦投票も行われていました!

前回のブログ→「世界が知らないニッポン

浅草にっぽん区
浅草にっぽん区
NIPPON QUESTの決戦投票も。
NIPPON QUESTの決戦投票も。

東京オリンピックまであと4年、そこに向けて浅草がどう変わってか考えるとワクワクしますね!

 

 

 

 

加納夏雄の3つの活動期 – 幕末・明治期の金工界

幕末・明治期の金工界を知る
―加納夏雄という人物を通して―

工芸とは、実用品に芸術的なデザインをするもので、実用性芸術性を兼ね備えたものである必要があります。

幕末・明治期の金工界は武家社会から明治維新による封建社会と近代化の流れの中で大きく影響を受けた時代でありました。

江戸幕府の時代、金工家達は主に、刀剣装飾金具や調度品等に繊細で高度な彫金を施していました。

しかし、明治維新後は廃刀令により刀剣装飾の需要が激減します。さらに、西欧文化の急激な導入から伝統文化への激しい迫害も起こりました。幕末から明治維新にかけて、多くの伝統工芸家たちは苦境を強いられています。

こうした動乱の時代に、終始変わらぬ金工技術の活躍の場をもった加納夏雄という人物は非常に稀有な存在です。

 

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彼は、江戸幕府から引き継がれた伝統工芸の芸術性と明治維新後に需要が高まった実用性とを融合させることに成功した人物だと思います。

 

3つの活動期・功績

加納夏雄の活動期は3つに分けられます。

まず、草創期の刀剣装飾時代です。

1846年頃、夏雄は京都に金工を開業しました。この時代の金工家たちの多くがそうであったように、刀剣装飾を中心とした彼の事業は栄えていました。時代の流れと共に貨幣製造や美術工芸分野へ移っていきますが、草創期の制作体制にこそ彼の事業が新時代に対応し得た秘訣があるようです。

それは、その生産が個人作家の制作の範囲を超えた量産の形態をもっていたということです。夏雄の指導下に複数の職人たちは分業をし、量産システムのもとで刀剣の小道具をつくっていました。

民営のマニュファクチュアとでも言いましょうか。実は、この職人団がそのまま後の近代貨幣製造に関わることとなります。

明治二十圓金貨

また、夏雄は盛況の時代にあっても絶えず自身の腕を磨き続けることに取り組んでいました。古典を範としつつ、洒脱な感覚を加えることにより、新しい期待にも応えられる作品へと昇華させていきます。

刀剣制作期に夏雄が自信の技を磨き、さらに弟子たちを指導して彫金細工所の基礎を固めていったことに意義があるように思います。

 

2つ目は造幣寮時代です。

刀剣装飾の時代が終わり、明治2年、夏雄は政府から彫金家としての腕と、細工所の組織的運営の腕を買われて、造幣寮にて新貨幣の製造に起用されました。これにより民営マニュファクチュアから官営マニュファクチュアの体制をとるに至ります。41歳から50歳まで、夏雄は貨幣寮で貨幣製造事業に関わりました。

 

3つ目は一般美術工芸制作時代です。

明治維新以降、苦境だった工芸界にとって転機が訪れたのは明治6年のウィーン万博でした。明治政府が初めて正式に参加した1873年のウィーン万博は、新しい日本を全世界にアピールしようとする気迫にあふれていました。日本最初の博物館や工芸品の貿易商社である「起立工商会社」が設立され、国策によって離散した工芸職人が再び集められたりもしました。

夏雄は工芸品製造会社である「精工社を興し、東京を中心に一般美術工芸の振興に努めました。
また、彼の作品は数々の博覧会で受賞を重ねるようにもなり、帝室技芸員にも選ばれました。

帝室技芸員の制度は、皇室による美術作家の保護と制作の奨励を目的として明治23年(1890年)に設けられました。

皇室技芸員は、皇室の保護と国家的な名誉を受けた美術家・工芸家でした。当時の作家にとって技芸員に選ばれることはとても名誉なことだったようです。明治23年の東京美術学校彫金科創立とともに同校の教授に就任します。以後、夏雄の手法により今日の日本からも多くの作家が育っているようです。

彫金の手法を完成させた彫金家としての功績と、マニュファクチュアによる経営者としての功績、さらには美術学校時代の後継者の育成等、彼の功績には目を見張るものがあります。

現状に甘んじようとはせずに、常に前進を目指した刀剣具制作時代と、時代の先を見据えてマニュファクチュア経営に取り組んだ造幣寮時代、弟子の育成に励んだ晩年から、現代の私たちが学べることは多いと思います。
特に、後継者を育てる難しさは昔も今も変わらないようで、総務省がまとめた2014年の個人企業経済調査で個人経営の製造業の8割が後継者の確保が出来ていないそうです。

加納夏雄がそれらを為し得たのは、常に時代の先を見据えた視点を持ち、溢れるほどのバイタリティーを持ち続けられたことによるところが大きいのではないでしょうか。

 

オリジナルコイン・記念メダルの製作

東京江戸ウィーク2016

 

 

参考文献
「明治の彫金」たばこと塩の博物館編
mw.nikkei.com
rekishi-club.com

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東京の製作所の社長が「下町ロケット」を見たら?

こんにちは。秋です。東京もいろんなところで美しい紅葉が見られます。

わたしは週末家族と散歩で北の丸公園と武道館に紅葉を見に行ってきました。

東西線の九段下駅から歩いて10分くらいです。千代田区の皇居周辺は都心でも静かで美しい景色がたくさんあって、散歩には最高です。おにぎりやサンドイッチを持ってくるのも良いと思います。(ゴミはもちかえりましょう)

 

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北の丸公園や千鳥ヶ淵は桜の名所で花見で有名ですが秋の紅葉も見事です。

ふと素晴らしい景色を見つけてはiPhoneで写真をとっていました笑

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さて、最近、弊社に仕事で毎日来ていただいているH製作所の社長が教えてくれたのですが

下町ロケットというTVドラマが大人気だそうです。

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夢にまっすぐ。下町ロケット

 

私はまだ見ていないのですが、原作は池井戸潤さんの大ヒット小説で、主人公は下町の製作所(佃製作所)の社長で、ロケット開発に力を注いで業績が下降気味なところに、大手取引先から取引中止を言い渡されて大ピンチというところからドラマは始まるようです。

下町の製作所が舞台ということでH製作所の社長も大興奮で、前回の放送では感動して涙を流したそうです。阿部寛さんやほかのキャストさんも製作所の制服が似合う!

 

そんなこんなでお薦めされたのですがまだ見ていません。

 

申し訳ありません。。今日は見ようと思います。

 

東京の下町の製作所さんも日本を底から支える高い技術力をもっていて、たくさんの技術革新を起こしています。SAKAMOTOもロケットは作っておりませんが、お客様の求めるデザインを正確に形にするために0.5~1ミリの線幅を金属アクセサリーで表現する技術を可能にしております。(オリジナルアクセサリー製作の流れ

 

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ヴィヴィアン ロゴ

 

テレビでもこのドラマのおかげで下町の製作所が話題になって来るのかな?そうなるといいですね!

 

ショップオーナー様、ブランドオーナー様へ

弊社は東京神楽坂でタイピン、カフス、メタルボタン、ブランドロゴなどの様々なファッションアクセサリー・金属アクセサリーの受注製造を行っております。

詳細は「ファッションアクセサリー製造」 のページへ。

「オリジナルでこだわりのアイテムを作りたいけどどうすればいい?」

ぜひ一度SAKAMOTOへご相談ください。

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無料でカンタンにオリジナルアクセサリーのお見積もりができます!

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2011年東京マイスターに認定!

2011年11月17日、代表の坂本国雄が金型原型彫刻工として平成23年度 東京マイスター(東京都優秀技能者)に認定されました。(SAKAMOTOとは?

 

マイスター制度の詳しい内容は下記よりご覧ください。

👉 東京都マイスター制度とは

 

東京都優秀技能者(東京マイスター)とは、都内に勤務する技能者のうち、極めて優れた技能を持ち、他の技能者の模範と認められる方々を東京都優秀技能者として知事が認定するものです。
中小企業における技能者の育成等を図るとともに、広く社会一般に技能尊重の気風を浸透させ、技能者の社会的地位及び技能水準の向上を図ることを目的として、毎年、表彰を実施しています。

コイン・キーホルダーなどの金属製品は最初に金型、そして次に鋳造や鍛造による製造、最後に磨き・鍍金(メッキ)や色入れをおこない製品として完成します。SAKAMOTOで製造した金型は、その後の工程である鋳造や鍛造の原型として利用されます。

日本の伝統的な彫刻道具である鏨(たがね)による金属の原型彫刻の技術の高さにより、2009年に新宿区技の名称、そして2011年に東京マイスターに認定されました。

 

表彰式の様子

坂本は後ろから3番目に並んでいるグレーのスーツちょっと太めのおじさんです。

 

東京マイスター受賞!
東京マイスター受賞式

 

表彰式の後の記念写真

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表彰の様子

 

新宿区「技の名匠」に認定

代表の坂本国雄が2010年度新宿区ものづくりマイスター「技の名匠」に認定されました。

※ 技の名匠・ロゴマークは、新宿区の登録商標です。

 

新聞・雑誌掲載

新宿区の地域ポータル「じんじゅくノート」に坂本国雄のインタビュー記事を掲載していただきました。

👉 【金属原型彫刻】 坂本 国雄さん |「カンザシ造りの技を受け継ぐ金属彫刻のマイスター」

 

「その昔、金属の簪(かんざし)の飾りを鏨(たがね)を用いて手彫りした江戸飾り職の技術を受け継ぐ金属原型彫刻師 坂本さんを神楽坂の工房にお訪ねしました。現在、その技はアクセサリーなどの金属原型製作に活かされ、国内外の一流ブランドのみならず、個人、団体、官公庁から多くの依頼を受けています・・・」

日刊工業新聞にインタビュー掲載

→ マイスターに聞く(35)金属原型彫刻 – 日刊工業新聞

「いいモノを作るにはそういう執念が大切。センスとか、そんな甘いものじゃない」

 

 

またNHKの番組にて彫刻師として紹介していただきました。

 

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東京マイスター 優秀技能知事賞

 

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新宿ものづくりマイスター認定証

 

 

 

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東京新聞に載りました

 

 

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ビズタウンニュースに載りました

 

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